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* bbs log 2011/04 - 2011/06 *

* No.1723 : 雪子 : 2011.06.27.Mon 14:20  
そうそう、ちゃんと色別に並べてあるよ。けっこうきっちりした性格なんだよね。すごいケチだし。誰似?(−−;

* No.1722 : あご : 2011.06.26.Sun 21:14  
お菓子綺麗にならべてあるねー 隠す場所が甘すぎるが笑

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* No.1721 : 雪子 : 2011.06.24.Fri 04:18  
外を見ると、何ともきれいな朝焼けが!午前四時。今日も暑いんだろうなぁー

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* No.1720 : 雪子 : 2011.06.24.Fri 04:07  
濡れ縁を買いました。二人がとても気に入って、晩ご飯は毎日のようにここで食べているよ。
風が気持ちいいし、こぼしても気にならないのでベリーグーだよ!

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* No.1719 : 雪子 : 2011.06.24.Fri 04:03  
あっつん、いろいろとありがとうね!ヨックモックのお菓子は、りょうたがごっそり取って、こっそり隠していたよ。(^^;

* No.1718 : 雪子 : 2011.06.14.Tue 11:28  
国語の教科書に載せたいくらいの文章だと思った!
日本人のこと、的確に言い表しているよね。

デモはゆごも忙しくてなかなか参加できないが、颯太りょうたと派手に練り歩きたいなあ。笑

* No.1717 : みが : 2011.06.13.Mon 20:11  
著名な作家にこんなスピーチされるとうれしいね。
土曜にあった反原発デモも、知ってれば行きたかったな〜〜

* No.1716 : 雪子 : 2011.06.10.Fri 23:26  
スピーチ後半です。
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040019000c.html

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 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

* No.1715 : 雪子 : 2011.06.10.Fri 23:24  
村上春樹さんが、スペインで賞をもらったときのスピーチ原稿全文。
素晴らしすぎるので、転載します。
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html

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 「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

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* No.1714 : 雪子 : 2011.06.08.Wed 05:07  
給食にも出るなんてすごいね!みんなでサラサラっと食べるのかな?(^^)

作ってみようとCOOKPADで見てたら、コレが一番美味しそう。あのスープが再現できるとは思えないけど、今度作ってみるよ〜!
http://cookpad.com/recipe/1131240

梅かな〜と思っていたら、どうもさくらんぼだったらしい??きれいなものを食べてみたら美味しかった・・
ほとんどアリやら虫に食べられてしまっているので、来年はちゃんと対策しようと思うよ。来年もなるかな〜?(^^;

* No.1713 : りかっち : 2011.06.06.Mon 20:34  
そうねよかった^^
すごく食べたくなって今夜は鶏飯を作りました。
あの味はなかなか出ないけど、美味しかった^^
みいちゃんは給食も鶏飯だったんだって。
いつかみなとや行っどーー

* No.1712 : 雪子 : 2011.06.06.Mon 06:22  
りかっちゴメン!
3食分じゃなくて、5食分だったよ!!3回みんなで食べれたから、3食分だったと勘違いしてしまった。
3人で2食分もいらなかったよ。それでも超おなかいっぱいになったし。ほんとにありがとうね!!
みなとや濡れぎぬゴメン〜いつか食べに行くからね(^^;)

みが、キャンプはいいぞ〜ぜひぜひ行っておいで!!
テントとタープは買ったので、いつでも貸してあげるからね。
今は地震対策でアウトドア用品を買う人が増えてるんだそうな。なるほど〜!と買ってもうたよ。w

* No.1711 : りかっち : 2011.06.05.Sun 15:42  
ゆご、鶏飯は3食分だったかい。
5食分頼んで払ったのにな〜。
とぼれんおばさんだったから、少々不安だったけど的中だった・・・。
3食では足らんかったね;
まあ、みなとやだから許せ^^
やっぱり食べに行くが最高だよ。
もう一回死ぬまでに行きたいな〜

今日はみい友が5人朝から来ていて家の中を走り回っている^^;

* No.1710 : みが : 2011.06.05.Sun 08:39  
うわー 壮大なとこで遊んできたね。
みがも車買ってキャンプしに行きたくなったよ。。

* No.1709 : 雪子 : 2011.06.04.Sat 02:40  
テーブルは無印で3万くらいだったよ。ステキに見えるでしょう?(^^
今度は我が家の庭を載せるからね、ちと待ってておくれ〜

* No.1708 : かか : 2011.06.03.Fri 22:17  
いじいじりょうたがかわいいね^^。
ダイニングもすてきだね。

* No.1707 : 雪子 : 2011.05.26.Thu 05:33  
りょうたの生首、かなりこわいっっ
あっつんのBD祝いの写真だね。仕事やらで来れなくて、3日後にやっと来れたんだよね。りょうたの首が伸びた証拠では。w

* No.1706 : 雪子 : 2011.05.26.Thu 05:28  
あらー、夏休みも忙しいんだね。でも今年は屋久島か〜、それもまた楽しみだね・・!
しかし開門岳から屋久島が見えるとは☆さわやか過ぎるぜかか!!(^^)

こちらは放射能絡みで余計な仕事がたくさんだよ。ほんとにもう、やってられんよ。怒

* No.1705 : りかっち : 2011.05.24.Tue 09:26  
お〜屋久島!
今年はりかっちもみいと夏休みの10日間キャンプ、屋久島に行くよ^^
こないだキャンプ地の下見に3時間滞在だったけど、山も海も素晴らしくキレイ。世界遺産の島だね。
忙しい夏になるから夏の長島は行けないかもだな〜。

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* No.1704 : かか : 2011.05.23.Mon 09:40  
屋久島が見える

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* No.1703 : かか : 2011.05.23.Mon 09:39  
いちばん高いところの岩からは

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* No.1702 : かか : 2011.05.23.Mon 09:36  
きのう開聞岳に登ったよ。結構大変だった!池田湖を見下ろせていい景色だった。さあっとガスがかかったりひいたり

* No.1701 : りかっち : 2011.05.23.Mon 07:15  
まちがいない^0^

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* No.1700 : みが : 2011.05.22.Sun 20:43  
赤木名なつかしいのう。美香もいつか行きたいものだ。
洋ちんのポロとほーたんのポロってもしかして。。。ww

* No.1699 : かか : 2011.05.20.Fri 06:29  
赤木名の家がまだ頑張っているんだね〜
当時でも結構なおんぼろだったが^^

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* No.1698 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:46  
ちゃんと目を閉じてるのね^^
かわいい〜 

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* No.1697 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:45  
若い女にキスするのがマイブームとか^^
りかっちにはしてくれませんでした。

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* No.1696 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:44  
隼人に帰るとごうくんがいました^^

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* No.1695 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:44  
奄美パークをみて楽しい旅もおわり。

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* No.1694 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:43  
古仁屋を引き払って名瀬にも一泊。
よーちんの古い知人のショットバーに行き、本物のジンジャーエールを飲むみいちゃん。

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* No.1693 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:40  
古仁屋でおしいいイタリアンの店発見。
お花屋さんと「塩ジェラード」屋さんもいっしょになってるの^^ 塩ジェラードがおいしくて夢中。

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* No.1692 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:37  
みいちゃんと二人で加計呂磨島に渡る。
海岸沿いにぐるっと道路が通っているけど、地元の人しか使わないので、ばあちゃんが気づくまでゆっくりついていくしかない^^

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* No.1691 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:35  
こんなにいっぱいあるよ。波がひくとき「カラカラカラ・・・」って音がしておもしろいの。

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* No.1690 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:34  
りょうたが全部ひろいそうだね。

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* No.1689 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:33  
 丸い石しかないという不思議な海岸。

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* No.1688 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:32  
古仁屋でお父さんと久しぶりに再会。

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* No.1687 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:26  
赤木名小のかわいい子どもたち。
おばちゃん、30年前この学校に行ってたんだーと言ったら不思議そうな顔をしていました^^

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* No.1686 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:23  
じさまが全裸でシコをふんでいた海岸。

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* No.1685 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:22  
クロックスが流され、海に腰まで入って追いかけたので下を着替えたみいちゃん。
着いてすぐ事件を起こすみいちゃん、笑ったな〜

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* No.1684 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:20  
空港近くの土盛海岸。
うしろ・・・すでにクロックスが流され始めてるね^^

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* No.1683 : りかっち : 2011.05.18.Wed 17:17  
あっちゃん誕生日だね!おめでとう^^
G.Wに赤木名の家を見てきたよ。
あれから30年くらいたつけど・・・
こんな小さい家だったかな、狭い道だったかなと思ったよ。
我らも年をとったということだにゃ^^

* No.1682 : 雪子 : 2011.05.16.Mon 00:40  
ほったらかしで申し訳ない
ゆごげの花をのせようと思っているのだが、ほんに急がしかっ

明日くらいに、ネットで頼んだむらさきつゆくさ(放射能でおしべの色が変わるらしい)が届きそうだよ。ほんとに色が変わるのかどうか・・どきどきだ。(^^;

* No.1681 : あご : 2011.05.15.Sun 20:46  
芍薬見事に咲いてるねー ほんに癒される庭じゃ〜

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* No.1680 : かか : 2011.05.09.Mon 18:42  
芍薬。豪華な花だよ。秋にちゃんと肥料をやって冬越しさせると立派なはなが咲くよ。

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* No.1679 : かか : 2011.05.09.Mon 18:40  
まつりか。においもいいし虫もつかない。ゆごげにおすすめ

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* No.1678 : かか : 2011.05.09.Mon 18:39  
爽やか5月になって花盛り。大輪のアマリリス

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* No.1677 : かか : 2011.05.09.Mon 18:37  
ごう君もやってきました。
トイレの練習兼はみがき!!大変だね!

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* No.1676 : かか : 2011.05.09.Mon 18:35  
下は石川五右衛門。
石川や浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ
五右衛門の辞世の句だそうな。
関係あるのかな?
このバッグはなかなか面白いね

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* No.1675 : かか : 2011.05.09.Mon 18:30  
連休もあっという間におわってしまったけどみんな楽しく過ごしたんだね。よかったよかった!
あごが来たので江口蓬莱館というところに刺身を食べに行ってそこから砂の祭典を見に吹上浜へ

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* No.1674 : 雪子 : 2011.05.08.Sun 08:26  
犬がまた、かわいいでした。

保育園の仲間、8家族・子供16人でのキャンプでした。
写真は近日中にpictureにのせるねーー

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* No.1673 : 雪子 : 2011.05.08.Sun 08:22  
気球にも乗ったよ〜

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* No.1672 : 雪子 : 2011.05.08.Sun 08:18  
たくさん進むので、歓声が上がっていたよ。(^^

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* No.1671 : 雪子 : 2011.05.08.Sun 08:13  
あごは今日帰ってくるのかな?母の日だから、いっぱい孝行してきておくれね。(^^)

キャンプ初日は大雨で寒くて大変だったけど、2日目は爽やかだったよ〜
たこ上げにあこがれている颯太。この子がまた、うまいのだ。笑

* No.1670 : あご : 2011.05.07.Sat 00:04  
写真いっぱい楽しんだよー 加湿器で潤うりょうたが最高じゃ^^ 
キャンプ2泊もしたのー いつ停電になっても余裕になりそうだね☆

* No.1669 : 雪子 : 2011.05.03.Tue 03:59  
あごぶは、毎日のんびり暮らしてるかい?
鹿児島、帰りたかったなぁーと、頑張って春休みの写真をPictureにUPしたよ。見てみてね。(^^)

こちらは1時間後に、キャンプに出発する予定なのだが、準備が間に合うかな・・
2泊3日で、富士山の近くで初テント暮らしをしてくるよ。楽しんでくるねーー

* No.1668 : かか : 2011.04.30.Sat 14:24  
あごぶがいっぱい食べたよ。イヒ 
庭の整備後はいろんな木を植えられるね。虫がいたらりょうちゃんが近寄らなくて作業がはかどりそうじゃな。。

* No.1667 : 雪子 : 2011.04.30.Sat 05:12  
さくらんぼ、すんばらしく美味しそう・・!あごぶめが食べたかな??
いっぱいなって良かったね!毎年なるといいね!!

りかっち達は、今日から奄美なんだね。ええのう〜〜、いっぱいいっぱい楽しんできてね!
ゆごらは庭の整備?に燃えてるよ。ミミズとかカブトムシの幼虫とか、結構出てくるが耐性ついてきたよ。。

* No.1666 : りかっち : 2011.04.27.Wed 23:14  
ゆご>>久々だね!いいお庭〜子どもたちには最高だね^^
豊島先生の見たよ。ホントいい先生だね。

かか>>防鳥ネットがうまくいったね!
    すごいさくらんぼ!買ったら高い    よ〜^^

30日から奄美に行ってくるよ。みいちゃんと「みなとや」で鶏飯食べようかな。小学校や住んでた家も連れてってみよ。どんな顔するか楽しみ☆「けっこう貧乏だね〜」とか言いそう^^。 よーちんが5月2日が古仁屋最終勤務だから、4日に一緒に帰ってくるねーー
写真お楽しみに^^/

* No.1665 : みが : 2011.04.27.Wed 21:34  
すげえ!家にさくらんぼがなってるなんて!!

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* No.1664 : かか : 2011.04.27.Wed 20:05  
おいしいよ。でもちぎるのがたいへん(笑)

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* No.1663 : かか : 2011.04.27.Wed 20:04  
なり過ぎで小さいけど

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* No.1662 : かか : 2011.04.27.Wed 20:04  
お庭が楽しくてたまらんね!!
よかったねえ。
さくらんぼがたくさんなったよ

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* No.1661 : 雪子 : 2011.04.25.Mon 21:40  
雨上がりのぬかるみで、この後どろどろに。
そして今日は熱出して休んだ颯太。水遊びにはまだ早いよっ


http://blogs.yahoo.co.jp/nicu_sp25/9148952.html
颯太を豊島先生が載せてくれています。(*^_^*)

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* No.1660 : 雪子 : 2011.04.25.Mon 21:31  
昨日。くつを洗っていたはずが、いつの間にやらこんな事に。

* No.1659 : 雪子 : 2011.04.20.Wed 21:42  
みかごん、珍しいというか、奇形というか、本来は茎がもっと伸びたところに花が咲くんだよね。どうしたらこうなったのか。笑

こちらはまた冬に逆戻りで、朝晩の寒いこと!マンションはやはりあったかかった・・
明日は颯太の家庭訪問だから、掃除をがんばるよ〜〜

* No.1658 : みが : 2011.04.18.Mon 21:28  
ほう めずらしい花だねえ

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* No.1657 : かか : 2011.04.18.Mon 20:47  
かわいそうな君子蘭。
来年はちゃんと育ててあげるからね

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* No.1656 : かか : 2011.04.16.Sat 22:21  
だいぶ片付いてきたようだね。
広々していろいろ置けてたすかるね。
きれい好きのゆっこの家がどんなにすてきになるか楽しみ。吉野公園に行ってきたよ。

* No.1655 : みが : 2011.04.16.Sat 19:57  
般若心経か、ええのう。あらゆる災難から守ってくれそうだね(^^

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* No.1654 : 雪子 : 2011.04.16.Sat 06:13  
最適な置き場所じゃろう・・ニヤリ
この後ろが風呂場(普通に狭い)でね。この空間がお風呂だったら!と思ってしまうがな。。

掛け軸は、オバターさんの実家の片付け時に、字が素敵!!と貰ってきた般若心経で、焼き物は前の住人の遺物だよ。すごいじゃろう。いろいろと守ってくれるに違いない!(^^

* No.1653 : みが : 2011.04.15.Fri 19:04  
すごい!掛け軸と焼き物がある家!ww
無駄にお水とマッチしとる!!

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* No.1652 : 雪子 : 2011.04.15.Fri 05:06  
お水が売ってない話をして、ちょっと送っておくれとお願いしたら、じゅごんがたくさん送ってきてくれた!!
3個しか写ってないけど、5箱届いたよ。鹿児島の財宝温泉水が。
こんなに良いお水、大切に使わせて頂きます。感謝感謝!!!まろやかで美味しいよ〜☆

やっと家の中も片付いて(取りあえず押入れに隠した)、毎日のように草取りをしているよ。うちのダンゴ虫、すごいでかいよ!笑
残念なことに、竹がいっぱい根を張っててね。やりだすと燃えてくるよ・・

* No.1651 : りかっち : 2011.04.10.Sun 20:13  
忙しそうだね。倒れないようにね。
ダンゴ虫がいる土ならきっといい土だと思うよ。虫嫌いのみいちゃんも、保育園できたえられて、ダンゴ虫だけはさわれるんだよ^^
楽しい新居生活を送ってね^^

長くいっしょにいたせいかみいちゃんがそうたの「はいは〜い」というかわいい返事のクセがうつって、気持ちいいよ〜。ずっと続くといいな〜^^ 

* No.1650 : 雪子 : 2011.04.09.Sat 05:34  
かか、りかっち、長い間お世話になりました。
毎日お外で伸び伸び遊べて、ほんとに良かったなあと思うよ。ありがとう。

戻ってきたら、恐ろしいくらい、やることが膨大なり。
ネットがやっと昨日開通したけど、無線LANコースにするのを忘れていて、線くっつけて作業してるよ。久しぶりだからすごい不便に感じてしまう。。

今日も明日も園の集まりだ。家がなかなか片付かない・・が、昨日早速庭の草取りをしたよ。ダンゴ虫がたくさん居た!!ひ〜と思ったが、これしきでびびってちゃイカンね。かかのように頑張ろう。
みがー、だんだん遠くなっていくゆごげだが、ぜひぜひ遊びにおいでね。(^^)ノ

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* No.1649 : りかっち : 2011.04.06.Wed 22:28  
また遊びにおいでね!

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* No.1648 : りかっち : 2011.04.06.Wed 22:27  
そうたりょうたといっぱい遊びました^^

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* No.1647 : りかっち : 2011.04.06.Wed 22:26  
女子会をしたり、

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* No.1646 : りかっち : 2011.04.06.Wed 22:25  
お外でもUNOをしたり、

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* No.1645 : りかっち : 2011.04.06.Wed 22:25  
保育園の同期で花見をしたり、

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* No.1644 : りかっち : 2011.04.06.Wed 22:24  
かけ算を体で表現する!と言って「5」に苦戦したり、

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* No.1643 : りかっち : 2011.04.06.Wed 22:22  
春休みは宿題もなかったので、キャンプに行ったり^^

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* No.1642 : りかっち : 2011.04.06.Wed 22:21  
そうちゃん転校、どうだったかな。
新しいおうち、りょうたも走りまわってるだろうね^^ そうたが撮った慈眼寺公園の桜。こちらも今日から新学期でーす。

* No.1641 : みが : 2011.04.04.Mon 18:50  
美香は4月から派遣先変ったよー。
今度は自宅から徒歩8分のとこで超楽チンだが
またエクセルやアクセスの勉強に追われてるよ。
けどそのうちゆごの新居にも行くからのう〜

* No.1640 : 雪子 : 2011.04.04.Mon 12:10  
おお、手伝ってくれたのかい。ありがとう。
子どもたち念願の、階段付き(^^)の家だが、新しい暮らしにちっとも希望が持てんが・・
頑張るよ。また遊びにおいでねーー!

* No.1639 : あご : 2011.04.03.Sun 23:09  
今日新居の片付けの手伝いに行ったよ。庭もベランダも広々で素敵だねえー!やっぱりいいね。マイホーム!
東京は計画停電も一旦落ち着いてるし桜もちらほら。気をつけて帰っておいでなー

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