神奈川県ならびに
神奈川県立こども医療センター新生児医療への提案
         神奈川県立こども医療センター 新生児科医長 豊島勝昭

神奈川県で今後お生まれになる児やご家族のために、NICU医療を改善するために、以下の4項目を提案させて頂きます。

提案1:県内のNICU病床の増床とNICU医療者の増員
提案2:他県からの短期有給研修制度
提案3:女性医師のワークシェアリング制度
提案4:医療従事者の職能拡大

【提案1:県内のNICU病床の増床とNICU医療者の増員】
今秋より、神奈川県のご英断により、NICUの集中治療病床は15病床から21病床、回復後病床は21病床から16病床に変更して、回復後病床を集中治療対応出来る病床にした増床を予定しています。

しかし、回復後病床(後方病床)を減少した上での集中治療病床を6病床増床する計画のみでは前述のように神奈川県の新生児医療病床不足の解決はまだ難しいと考えております。

各医療機関の努力と協力に加えて、横浜市、国や厚労省などのご支援を頂き、公立・私立病院を問わずの神奈川県全体の基幹病院のさらなる増床も必要と感じます。県外への搬送がほとんどない大阪府が新生児医療の需要と供給を満たしていると仮定するのであれば、県全体として集中治療病床・回復後病床ともに30病床前後の確保はまずは必要と考えます。当院規模のNICUをもう1つ設置することが理想とは感じます。

入院数を増やすためには病床を増やすことともに病床にて医療を展開する医療者数が確保されてはじめて効果を発揮します。

<看護師の人員について>
看護師についてはNICUでは集中治療病床3に対して看護師1名と厚労省で規定されていますし、回復後病床に関しては7-8病床に看護師1名が求められています。
増床に当たって本年度の看護師は58名から74名に増員されました。もちろん、安全に高質な医療を提供するにあたっては人数の増員だけでは不可能で、能力を考慮した人員配置は希望する部分です。
専門性の高いNICUであるが故に、教育が必要です。急な増員は診療と教育の両立を目指さねばならず、これはNICUの医療現場の混乱につながります。

秋からの増員に向けて、夏からの途中採用募集では安全に医療を展開出来る人材の確保は困難な現状です。9月の増床までに人員が確保できるのかといった懸念もあります。

<医師の人員について>
看護師に比べて、NICUの病床当たりの適正医師数に明確な基準はありません。 当院の医師数が少ないと言い切ることは難しいかもしれません。しかし、<過重労働の現状>でさらに6床の重症児が入院するための病床増床に対して、1名の非常勤医師の増員という計画には不安を感じております。増員の非常勤医師1名のみで増床分の重症児の担当は困難です。
下表に前述の大阪母子保健総合医療センターと当院の人員配置を比較しました。
大阪母子保健総合医療センターは現在、常勤医師10名、非常勤医師4名(2名は本年度より増員)、専門研修医1名の15名の新生児科医とで診療に従事しています。当院も増床後は大阪母子保健総合医療センターとほぼ同じ病床数となりますが、人員を比較しますと大阪母子に比して、常勤医:4名、非常勤医師:1名少ない人員であります。大阪母子保健センター以上に多くの患者さんを診療する職務がある我々にとって医師人員のさらなる増員を切望しております。

<県病院の総定員法>といわれる病院就業者定数は固定されており、新生児科医を1名増員するためには他の科の医師もしくは事務職の削減が必要になるということを耳にします。それは県の規定として存在して法制化されているのでしょうか? 本年度の小児科を重視した診療報酬の改訂は国民、社会の新生児医療を含めた小児医療の拡充のため期待と受け取っています。医療財政が厳しいことは承知しておりますが、NICU医療を必要とする児やご家族のためにもNICU医師数の増員などにつながることを願っております。

NICU医師数の増員は切実な要望であるのですが、医療財政的にどうしても難しい場合には、医師雇用以外のなんらかの人員不足の中で増床病床を有効利用するための方法を考える必要があります。私なりに3点を考えて提案2〜4としました。

【提案2:他県からの短期有給研修枠の増設】
4月21日の毎日新聞朝刊で報道がありましたが、全国主要新生児施設214施設で構成される「新生児医療連絡会」の調査では全国のNICU責任者の76%が病床を増やしたいと答えたそうです。病床を増やす上での障害を複数回答で尋ねたところ、「新生児医師の確保」が79%で最多でした。同連絡会事務局長の杉浦正俊・杏林大准教授(小児科)は「新生児医療は崩壊の危機にある。専門の医師を増やす対策が早急に必要だ」とコメントしています。
地方部は県外へ産科・新生児救急搬送などの事例は少ないもの新生児科医不足で悩んでいるのが現状と感じます。新生児科医の育成が急務と感じていますが、地方での育成には指導者や担当患者数が少なく困難な現状と推察します。

当院は、他院に比して新生児医療の教育を担当しうる新生児科専門医は少なからずいます。現在も他県の新生児学研究会の教育講演のご依頼をしばしば受ける当院の常勤医です。当院の病院としての診療実績や常勤医の診療・学術実績は全国的に認知され、全国から専門医を目指す小児科医の研修希望がある人気施設といっても過言ではないと自負します。研修医・非常勤医師は計3名ですが、全国公募しており、任期1-2年で入れ替わっています。2000年以降、名古屋・鳥取・東京・福井・宮城・栃木・大阪・新潟・北海道・京都・埼玉・長崎・秋田と様々な都道府県から研修医が集まってくださっています。


一昨年は1名の募集に8名の応募があり、7名のやる気のある研修希望者を泣く泣くお断りしました。2008年4月から千葉県民医連と福島県立医大から雇用が難しければ、給与は先方持ちの条件の委託研修のご希望がありました。現在は他県の医療機関に雇用されているこの2名の専門医を目指す若手医師が、神奈川県の子供達のために力を貸してくれている現状です。

地方の新生児科医の急務育成という問題と神奈川県の相対的な人員不足の問題を解決する目的で、<短期有給研修医枠>を設けることは難しいでしょうか?


常勤医を多く雇用するよりはコストは少なく済みます。地方は1-2年間の研修に若手医師を出すのは難しくとも、3-6ヵ月単位の研修派遣であれば派遣を希望する県は福島県以外にもたくさん存在すると考えております。

この制度の導入は神奈川県にとっては、低コストで医療者を雇用出来るというメリットがあります。また、全国的にみても専門医不足を解決する助けとなる取り組みとなると思います。ご検討下されば幸いです。

【提案3:女性医療者のワークシェアリング枠の増設】
産科・小児医療における女性医師の占める割合は大きいです。新生児医療の人員確保には女性医師の就業労働への対策は重要です。家庭生活の両立や育児などでは制限勤務を余儀なくされることのある女性医師であります。当院のような就業状況では夜勤・休日勤務が難しい制限勤務の女性医師の雇用は他の医師の負担がかかるため雇用は困難です。

かといって、女性医師が長期に職場を離れると新生児医療への復帰も困難であり、賃金は低くしようとも制限勤務期間対象のパートタイム的な雇用枠を制定するのはいかがでしょうか?
新生児医療の集中治療的な業務は難しくても外来業務やチーム医療のサポート役、産科病棟の新生児室診療、育児支援など担って頂ける業務は少なからず存在します。常勤医を雇用するよりは低コストで済むと考えますし、新生児医療の職場から去る女性医師の歯止めになる制度になる可能性もあります。

女性が大半な看護職についても同様です。離職率の高いNICUでは、精神的、身体的疲労のために離職する看護師、家庭との両立が困難で離職する看護師も少なくありません。NICU看護経験者の復職を支援する体制の充実も人員確保のためには重要な点であろうと考えます。院内保育の実施やフレキシブルな勤務体制、パート雇用の導入などを検討することも必要と考えております。

【提案4:医療従事者の職能拡大】
給与の高い医師数を抑制して医療を展開するためには医師以外の看護師・医療従事者の職域の拡大は必要です。日本の医師は先進国に比し、多岐に渡る業務を担当しています。コメディカルと呼ばれる医療従事者の医療への参加が遅れている我が国と考えます。医師不足を問題視するならば,医師は現場の命令者から医療チームのマネージャー的な役割に徹して,看護師、コメディカルなどの専門職に診療・検査・治療の代行して頂くチーム医療を推進するべきと思います。

当院は人工呼吸器設定の変更や母乳関連の医療行為は看護師職に職能を委譲しています。看護師職のみならず技師職や事務職に権限を委譲していくことは賛成です。コメディカルの地位向上・重用は医療界を活気づける効果も期待出来ます。医師・看護師よりは人件費は安くなるはずですし,目的を決めて非常勤を雇っていけば日本の雇用の拡大につながるので社会的にもプラスな面があると思います。

短期的に効果を得る当院NICUにおける職能拡大を、例としてひとつあげさせて頂きます。当NICUの看護師の業務の大きな割合を占めているのがNICU内の薬剤管理、様々な薬剤を混合して作成せざるを得ない点滴薬の調剤です。人員と時間を割いており、点滴製剤の調剤時間帯は病棟の看護体制は手薄になります。本来、薬剤の管理や調剤は薬剤師の専門領域です。薬剤師の雇用枠を増加してこの業務を代行すれば、看護師はより患者さんの傍で看護に専念出来るでしょう。医療事故の大きな割合を占める薬剤の誤投与などを抑止する効果も期待出来ます。看護師の業務の減少は医療現場の質を高めるので人員不足の医師のNICUであっても安全性と質の維持は可能となる可能性はあると想像します。実際、同じ県立病院である愛媛県立中央病院がこの看護職の職能を薬剤師や院内保育師への職能拡大で看護師不足に対応出来たという報告を拝聴したことがあります。

ただ、社会的には調剤薬局などの乱立もあり、薬学部の6年生への変更のため、来年から2年間は大学卒業生が不在のようです。薬剤師の確保には給与の見直しは必要です。現在、神奈川県内の調剤薬局では2500-4000円前後の時給が相場だと聞きます。派遣薬剤師おいては6000円という高額時給の求人さえあるそうです。神奈川県の非常勤薬剤師の給与は1500-2000円の規定とお聞きしました。この給与体系を見直してして薬剤師の雇用枠を増やすことはいかがでしょうか?
それでも、医師・看護師の雇用に比較すれば人件費の抑制にはなると考えます。


【終わりに】
新生児医療の危機は医療界の問題ではなく、日本の未来を考える社会的な問題の1つと考えます。新生児医療の整備は神奈川県のみならず、全国民の願いだと信じています。神奈川県病院医療従事者として<安心して妊娠・出産出来る神奈川県>にしたいです。我々も、新生児医療の現場において自力で出来ることを考え行動していく覚悟ですが、現在の新生児医療の危機を防ぐためには社会の様々な職種の皆様のご理解とご支援を頂きたいと願っております。