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新生児科医増やす工夫は?―特集「新生児医療、“声なき声”の実態」(3)

12月10日18時39分配信 医療介護CBニュース


新生児科医増やす工夫は?―特集「新生児医療、“声なき声”の実態」(3)

スタッフと新生児の診療をする豊島勝昭・神奈川県立こども医療センター新生児科医長(中)(同センターNICU内、豊島氏提供)

 年々増える低出生体重児や長期入院。未熟児の赤ちゃんたちを支える新生児医療の現場は過重労働に疲弊している。どのようにすれば新生児科医を養成し、医療者にとって働きやすい環境に改善していけるのだろうか―。(熊田梨恵)




■学生時代に新生児医療の教育を
 青森県立中央病院総合周産期母子医療センターのNICUで働く卒後7年目の宇都宮剛医師。研修後のほとんどの期間、新生児医療に携わってきた。「たまた ま当時の上司に声を掛けられて新生児医療にかかわるようになったが、学生の時には赤ちゃんの診察法について学んだぐらいで、NICUについてのきちんとし た講義などはなかった」と話す。

 新生児科医の養成に関しては、医学部では新生児医療についての講義がほとんどなく、卒後臨床研修でも小児科の中に新生児医療を組み込んでいない研修病院 も多いため、学生時代にこの分野を知るきっかけがなく、志す医学部学生が少ないとの指摘がある。埼玉医科大総合医療センター総合周産期母子医療センター長 の田村正徳氏は、「卒後研修を実施する国立大学の約6割が新生児臨床研修を実施していない」と話す。新生児医療を教えられる教員の数も少なく、医育機関名 簿によると、医育機関の小児科の中で新生児を専門にする教授の割合は、国立大で4.9%、公立大で20.0%、私立大で14.5%にとどまっている。

 宇都宮氏は、「新生児科は一般小児科と違って、生まれた時から患者さんにかかわれる。未熟児で生まれて人工呼吸をしていて、しゃべれなかった子どもが成 長して退院し、外来でどんどん大きくなっていく過程を見る。子どもたちのそういう成長が見られる唯一の科なので、しんどいことも多いが、やりがいもあって 楽しい。一度小児科をやりたいと決めた学生は、卒後研修が終わっても小児科を志していることが多い。学生のうちに開業医も見るなどして小児科の魅力を知 り、NICUを経験しておくことが必要だと思う」と語る。
 青森県立中央病院総合周産期母子医療センター新生児集中治療管理部門部長の網塚貴介氏は、「ほとんどの都道府県に周産期母子医療センターがあるのだか ら、大学の臨床実習でセンターでの研修を義務付けるべき」と、医学部生が新生児医療の現場に触れる機会を確保すべきと主張する。


 では、現場で既に働いている新生児科医の定着やスキルアップを図るため、国内ではどのような取り組みがあるのだろうか。

■スキルアップ研修で中堅医師を全国から公募-神奈川県
 「全国の新生児医療に従事する若手・中堅医師にキャリアアップしてもらい、地方に戻って活躍してもらいたい」と語るのは、神奈川県立こども医療センター 新生児科医長の豊島勝昭氏。同センターでは、全国の新生児医療に従事する医師を対象に、同センター小児科で短期の研修を受ける医師を公募する「短期有給研 修医制度」を来年度から2年間実施する予定だ。例えば、新生児の心臓手術の経験が少ない地方の病院に勤務する医師が同センターでその技術を学んだり、新生 児医療の専門技術を経験の多い専門医から教えてもらったりすることで、能力向上を目指す。これは、豊島氏が県の「職員提案事業制度」に応募して採用された もので、研修医の報酬などは県が負担する。

 同センターには、早産や出生前診断された重症の先天性の病気、外科手術が必要な病気の新生児が集まる。どんな重度の疾病や障害がある新生児にも対応でき るよう、新生児周辺のあらゆる診療科がそろっている。専門領域を持った50歳代のベテラン新生児科医も多く、一人の医師が診る新生児の数も多い。このよう に、研修医にとっては恵まれた環境であるにもかかわらず、これまでは地方からの多くの研修希望者に対し、公立病院の職員数の法律上の規定を理由に受け入れ を断らざるを得なかった。豊島氏は「これを何とかしたかった。NICUの重症患者数は出生数に比例する。例えば、神奈川県での1か月の新生児医療の研修 は、神奈川県の人口の5分の1の地方での研修の 5か月分に相当する。都市部のセンターで経験を積めば、地方に戻って活躍してもらえるようになるはず」と、提案を思い立った動機を語る。

 この研修では、中堅医師が既に勤務している現場を長期間離れなくてもいいように、個人の状況などに応じて3か月以上1年未満の研修を用意している。来年 2月の県議会を経ての正式決定だが、4月に募集する3人の枠には既に7人ほどの問い合わせが来ている。「現場のニーズに合っていたのだと思う。特に、専門 医不足が深刻な地方の病院からの問い合わせが多い。この研修が、地方病院からの退職を思いとどまってもらう動機付けになりそうだとも聞いている」(豊島 氏)。

 神奈川県は慢性的にNICUが不足しており、県外への母体搬送が2006年に100件、07年に70件あった。同センターにあるNICU の21床も常時ほぼ満床だ。「神奈川県は『新生児医療過疎』と感じる。NICUの需要に対して提供できるNICU病床が少なく、お産の時に新生児が NICUを必要とする状態に陥っても、迅速に収容し切れないこともある」(豊島氏)。県はNICU病床を増やす方向だが、専門性の高いNICUでの医療を 実施できる新生児科医の育成や確保は、一朝一夕にできることではない。この短期研修医制度には、研修医を教育する代わりに、神奈川県の新生児医療を地方の 中堅医師に助けてもらえるというメリットもある。

 豊島氏は、「県がNICU病床を増やす方向であることはありがたい。しかし、働く新生児科医がいなければ、増床した病床を有効に使えない。増床には新生 児科医の増員が不可欠で、新生児科医の育成が急務。新生児科医が少ないことを行政や政治家に対して訴えても、新生児科医を増やすことはできないだろう。現 場の中で自分たちでできることを頑張り、新生児科医の育成に力を尽くすから、行政には教育へのサポートを求めたいと思った」としており、現場と行政との協 同で医師養成を進めていく考えだ。

■「2人当直制」で若手の安心につなげる―埼玉県
 埼玉県で唯一の総合周産期母子医療センターである、埼玉医科大総合医療センター総合周産期母子医療センター長の田村正徳氏は、「地方の場合は、その地域 での医療を志す人の思いによって何とか保たれていることもあると思うが、病院が多い都市部でこのような過重労働では、辞めてほかに行ってしまう。若い医師 には安心して入局してもらいたい」と、若手の安心確保が重要と指摘する。

 人口約1300万人に対して9か所の総合周産期母子医療センターがある東京都と比べて、約714万人に1か所しか総合センターがない埼玉県の新生児医療 の状況も深刻で、県内で生まれた重度の疾病や障害がある新生児の3割が都内に搬送されている。こうした厳しい状況の中、埼玉医科大総合医療センターでは 02年から、小児科の当直を経験の浅い若手医師と指導医クラスの医師が一緒にできるよう、2人体制にした。「当直回数は倍になるが、若い医師が『一人は怖 い』と感じる不安の解消につながった。忙しくても安心して現場にいられ、勉強にもなる」(田村氏)。当時、小児科医は15人だったが、今では倍以上の33 人になり、このうち新生児科医も6人から13人にまで増えたという。

 田村氏は、「後期研修で小児科を志望する人は結構いる。彼らに十分必要な実習をしてもらうには、安心して当直できる体制をつくっていかなければいけない。それには行政のサポートも必要」と話す。

■国に現場改善のサポート求める
 今年11月5日、東京都内で脳出血を起こした妊婦が8病院から受け入れを断られた後に死亡した問題を受けて、今後の周産期医療と救急医療の連携など対応策を検討するための厚生労働省の懇談会が開催された。
 委員には産婦人科医や新生児科医、救急医や一般国民の代表が名を連ねた。委員として会合に出席した田村氏らは、新生児医療の現場を改善していくためとし て、▽交代制勤務を導入できるような支援▽医師事務作業補助者の算定要件の緩和▽看護師や助産師の補助業務拡大や役割分担の推進▽後期研修医への奨学金導 入への支援▽NICU増床など施設整備に対する支援―などを求めた。

 2か月弱しか議論の期間がないまま、報告書は近くまとまるが、行政はどこまでこうした現場の声に答えられるだろうか。

 豊島氏は、「付け焼き刃的な政策の決定を望んでいるわけではなく、多くの国民にNICUの現状を知ってもらいながら、腰を据えて継続的にNICUの未来 を一緒に考えてもらいたいと願っている。NICUの現場にいるわたしたちは、患者さんやご家族の声に耳を傾けて、子どもによりよい未来を届けるつもりで、 今後ともあきらめずに頑張っていきたい」と力強く語る。

 網塚氏ら現場の医療者が声を上げ始めたことにより、ようやく見え始めた新生児医療の実態。国民や行政は今後、どのように新生児医療にかかわっていくのだろうか。そして医療者自身は、現場をどう再構築していくのだろうか―。

(続く)


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最終更新:12月10日21時48分